ここにある
聴覚が奪われ、上下左右の感覚がない。

肺の中に冷たい物が、かたまりのように押し寄せてくる。


呼吸をしているのか、していないのか、わからない。

暗闇に支配された世界で、体を優しくしめつける感覚だけが残る。


力強いのに、壊れ物を包むように、柔らかな抱き方。

詩音が抱きしめているのだと、はっきりわかる。


なつかしい感覚に愛しさが込み上げる。

甘い切なさに、狂いそう。



失いたくない……!



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