[龍の国]セミテの少女

　街は喧騒に包まれ、人々は変わらぬ日常を過ごす。

　そんな喧騒の中、一人の少女が足早にテトロ中央市場へと向かっていた。

　年の頃は12～3だろうか、肩で切り揃えた黒髪が歩く度にフワリとなびく。

　前髪も切り揃えているが顔の半分を覆っており瞳を見る事は出来ない。

　だが、薔薇色の頬やすっきりとした鼻筋､キリとした口元から整った顔立ちである事は推測出来る。

　しかしその身体をすっぽりと覆う黒いマントは、その年頃の少女が纏うに相応しいとは言いがたいものだった。

　本来なら違和感を周囲に与えるであろう姿でありながら、少女は耳目を集めることなく歩を進める。

　市場に近づくに従い更に喧騒は増し、気をつけなければ人とぶつかりそうな程の混みようだ。

　そんな中、少女は器用に人混みを足早に抜けさりげなく一本の路地へ入ると突然走り出した。

「……待……っ」「キャ……何……」「あそこ……入……」「ぅおっ……だ」

　後ろから聞こえる声に小さく笑みをもらし、更にスピードを上げ路地を駆け抜けていく少女は物陰から自分を見つめる二つの視線に気づかなかった。


　しばらく走り続けた少女が、やがて足を止めたのはこじんまりとした一軒の家。

　少女はグルリと周囲を見回し、人影の無いことを確かめると鍵を開け扉の中へ姿を消した。