- π PI Ⅱ -【BL】
「ヒロが―――……」
ちょっと驚いて目をみはると、
「直接聞いたわけじゃないけどね。男同士の恋愛に彼自身随分悩んでたみたいだから。
でも彼は自分自身でその壁を乗り越えた―――
あんたを愛する気持ちが―――性別の壁を越えたのよ。
だからあんたは精一杯ヒロを幸せにしてあげなさいよ。
じゃないと、今度こそあたしは本気でヒロを手に入れるから」
蜘蛛女は挑発的に笑って手すりに手を付くと、ひらりとそれを乗り越えた。
手すりの向こう側で蜘蛛女がちらりと振り返る。
「ついでに伝言をお願い」
「ヒロにか?ならお断りだ」
なんて返すと、女郎蜘蛛はまたもうっすらと笑い、
「“氷室”に―――…№5が戻ったってね」
それだけ言うと、蜘蛛女はひらりと身を翻しビルの端から飛び降りた。
こいつが並外れた身体能力の持ち主だとは分かっているが、さすがにこの高さから飛び降りるのは不可能。
慌てて下を覗き込むと、女郎蜘蛛はインプレッサのボンネットに着地してゆっくりとこっちを振り返った。
小さく投げキッスを飛ばし、タリスマンと呼ばれた女と車に乗り込む。
俺の相棒――― 水樹 氷室(Himuro Mizuki)は今休暇中だ。
永い……永い―――休暇…
俺は願っている。俺のすぐ隣の席に俺のたった一人の親友で長い間相棒だったヤツの姿が戻ってくるのを。
お前が捜し求めていた№5が戻ってきた。
お前に会いに―――お前に逮捕されるために――…
俺は走り去るインプレッサを見送り、記事の写真と戸籍謄本の写しをポケットにしまいいれた。
“さよなら”は言わない。
あいつは氷室に会いに―――必ずまた現れるから。
「またな―――刹那」
なんてかっこよく終わろうと思ったが……
「しまったーーー!!血判書を書かせるのを忘れた!」
俺の叫び声が青空に吸い込まれ、俺はがくりと肩を落とした。