ファンファーレに想いを乗せて

「いないみたいだな」

その声は、私に言ったのか、それともただの独り言か分からない。


「参ったな」

と呟いた彼に自然と、どうしたの?と訊ねていた。


それが余りにも自然で、彼も自然と話してくれた。初めに感じたぎこちなさは、二人の間には、もうなかった。



「桜井にさ、午前中、英和辞典貸したんだけどさ。俺、次、授業で使うから返してもらいに来たのに、アイツ、何処行ったんだろ」

ほんと、参ったな


って言って、照れたように頭を掻く仕草もあの頃のまま。


目の前の彼は、何も変わっていなかった。




「これ、使う?」


だからかな。

思わず、机の中から自分の辞書を取り出して差し出していた。

あの頃みたいな感覚で、何も考えず体が勝手に動いていた。

きっと、色々考えていたら、そんなこと出来なかっただろう。

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