スピカ
 戻ってきた記憶と一緒に、さっきの言葉が耳に木霊する。
聞きたくなかった。終わった事だからと割り切っていても、今更こんな気持ちになる自分が、歯痒くて歯痒くて仕方がない。

不幸になれば良いとは思わないけれど、2人の幸せなんて望めない。きっとまた会う事があっても、笑う事は出来ない。と、思う。

だけど。
今は悔やんでいても、時間と共に少しずつ癒えていけばそれで良い。それが、1番良い。あたしには、その術がある。傷を癒やせる場所がある。こんな、刺さったままチクチクする傷も。

去っていく後ろ姿が懐かしくて、涙を堪えるのに必死だった。良平の背中をきちんと見送る事さえ出来ず、目を伏せて、唇を噛み締めて。

あたし、きっと好きだなんて1度も言ってあげなかった。良平は、たくさん好きだって言ってくれたのに。
顔を少し赤くして、見向きもしないあたしに向かって、何度も何度も。それが心からじゃなかったとしても、あたしは嬉しかったんだ。
本当は、好きだった。

一言も伝えずに、きっと、たくさんの不安を与えていた。気づかずに、ずっと、ずっと。

ごめん、良平。今、やっと気付いたの。
上手く愛せなくて、ごめんなさい。

それから、ばいばい。


涙が、流れた。
たった1筋の冷たい涙が頬に軌跡を創る。
きっと、これが最後だ。そう思った。何となくだけれど。
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