スピカ
 適当なサンダルを引っ掻け、後ろ手に引き戸を閉める。余韻が耳から消える前に、あたしは異変に気付いた。

「何これ。すっごい重低音……」

近所に響く低音に、自然と眉が顰まる。
はっきりとは分からないけど、騒音車のように音楽が流れている。
どうやら、それはうちのアパートかららしい。イヤホンをしていたせいで、外に出るまで全く気づかなかった。

とりあえず、あたしは楸さんの部屋へ向かう事にした。家賃を貰うという任務を早く済ませなければ。

全く。どうしてあたしが……
ああ、面倒臭い。



……ところが。
嫌な予感がする。1歩1歩、目的地へ近付けば近付くほど、音が大きくなっていくのだ。

進めていた足を止め、あたしは確信した。

「コイツ、馬鹿だろ」

音源は楸さんの部屋だ。
こいつの辞書には、迷惑という言葉が存在しないのだろうか。もう溜め息も出ない。

手の甲をドアへ向け、あたしは鉄扉を叩いた。
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