スピカ
 儀式は儀式でも、どうやら見当違いだったみたいだ。呪術的なものじゃなくて、愛の儀式と言った方が近い。嫌なものを見てしまった。

確かに、うちのアパートの壁は薄い。あれだけの音量で音楽をかけていれば、喘ぎ声は横に漏れたりしないだろう。だけど、声が漏れるのが嫌なら、わざわざ連れ込まなければいいのに。

楸さんも楸さんで、よく、毎回違う女を連れ込める。いや、実はローテーションになっていたりするのかもしれないけれど。

それでも、女が寄って来るのは、楸さんの外見があってこそだろう。あの外見がなければ、アイツはただのダメ男でしかない。だから、外見に執着のないあたしには、楸さんはダメ男にしか見えない。
女を連れ込むのは楸さんの勝手だけど、やっぱり男としてどうなのかと思う。世間一般に言う、最低ってやつ。

まぁ、あたしには関係のない事だけど。

澄んだ空気の中、古い鉄筋の階段を軋ませる。
手摺りに伸ばした手が、その冷たさのせいで自然と引っ込んでしまう。行き場を失くした手を、仕方なくポケットに突っ込み、肩を強張らせた。

「雅ちゃん!」

視線を上へやると、部屋から出て来た楸さんが、真っ青な顔で手摺りから身を乗り出していた。

「……は?」

部屋に女がいるのに、どうして出て来たのだろうか。まさか、邪魔されたから怒っているのか。

身の危険を感じ、あたしは慌てて退散する事に。

再び足を進める。さっきより早い速度で。

「ちょ、ちょっと!」

物凄い速さで追いかけてくるのが分かる。背後から響く、金属を踏み鳴らす足音。そんなにも怒っているのだろうか。

逃げるように足を早めるも、玄関へ行き着くまでに腕を掴まれてしまい、身体が大きく揺れた。掴む力が強い。

「、痛い! 放して!」

「雅ちゃ、……待てって!」

楸さんは強い声でそう叫ぶと、逃げようとしていた肩をがしりと掴んだ。
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