スピカ
 星のない、濃紺の冬空。吸う度に肺を凍らせる空気。寄り添う恋人達。

毎年、クリスマスになると見られる光景。
あたし達もきっと、端から見ると恋人同士に見えているのだろう。

キラキラと輝く電飾が、夜空の紺に浮かび上がっては消える。ホワイトクリスマスにはならなかったようだけど、こんなにも温かい光に包まれるのならそれも悪くない。
芸術と呼ぶべきイルミネーションが、道標のように街中を飾る。
横で喜ぶ女の子のように、はしゃいだりは出来そうもないけれど、あたしはあたしなりに綺麗だと思って目に焼き付けている。光の街と、夜空と、洋君を。

「……綺麗だね」

声もなく頷くと、光が霞んで見えた。瞳を奪われ、瞬きするのでさえも惜しんでしまう。

「あっ」

ふっと、イルミネーションの光が消えてしまった。眩んだ目には、夜空に浮かび上がった幻相が映る。
もうそんな時間なんだ。

灯りが消え、魔法が解けたかのように現実に戻される。電気の通っていない電飾は、寂しくて悲しい。
あんなに綺麗だと思っていたはずなのに、1度現実に戻るとただの電球の羅列でしかなく、仕掛けがあからさまになると興味も薄れてしまう。人間なんて、単純明解、かつ、難しい生き物だ。

さっきまで虜になっていた人達は、次第に散らばっていき、その他は公共の場にも関わらずいちゃつき始める。
役目が終われば、イルミネーションなんて見向きもしない。すぐ近くにいた大人のカップルがキスをし始めた。

こんな公衆の面前でするなよ。
冷めたあたしには、生憎、そんな願望はないし、むしろあまり良くは思わない。大人に見えても、結局は欲を抑えられていないのだから。

それに、この甘ったるい空気が嫌だ。ドライと言われようが、嫌と言ったら嫌。
ほら。1組が始めると、他のカップル達も唇を重ね始めるでしょう。ロマンチックなムードに流されて、我を失っているんじゃないの。

「洋君、」

優しい瞳が横目にあたしを捉える。
遠くの街灯が照らす顔は少しとろんとしていて、色はない。血の気がない顔は、まるで吸血鬼みたいだ。

「場所変えよっか」

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