スピカ
「え……?」

気づいたら、洋君を拒んでいた。胸板を押す手が小さく震えて、止まらない。
洋君は唖然とした目で、あたしを見つめている。

「ご、め……」

あたし自身、何が何だか分からなくて、泣き出してしまいそう。
複雑な表情を浮かべながら、洋君はあたしの言葉を待っている。いや、待っているのじゃない。言葉を発せずにいるのかもしれない。

「……ごめん、あたし」

次に続く言葉を探す。
本当の事なんて、言えない。言える訳がない。

「、まだ……好きか分かんない」

洋君を掴んでいた手がするりと落ちてしまった。震えている。
恐怖か、呪縛か。それとも、過去か。


「……そっか、」

洋君の視線が痛いほどに切ない。傷付けたのは、あたしだ。

「惜しいな、もうちょっとだったのに」

優しく笑うその仕種が、今のあたしを罪悪感へ陥れる。
洋君の気持ちを踏みにじった。多分。

「ごめん」

「謝らないでよ。俺が虚しくなるからさ」

心の中でもう1度、ごめん、と呟く。

嫌じゃ、なかった。好きじゃなくても、洋君ならいいかな、って。そう思ったのに。


薄らいでいく視界の中、……良平がダブって見えたんだ。

血の気が引いた。
急に現実を見失ってしまったような、そんな感覚に囚われ、恐怖でさえも覚えてしまった。きっと、自分自身に。

最……低。


「そろそろ遅いし、帰ろっか」

瞳の奥を捉えた洋君は寂しく笑って、送っていく、と付け足した。
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