スピカ
 我ながら、気が狂ってしまったのじゃないかと思う。
楸さんの部屋に上がり込んで、しかも、狂ったようにしがみついている。大嫌いな楸さんに、2度も。
なんて、可笑し過ぎるでしょう。


必要としてしまう。
抱き締めてくれる誰かを。
縋り付いてしまう。
甘えてしまう。

本当は分かっているんだ。背中に腕を回してくれるのは、楸さんがただ、女好きだからじゃないって事。

楸さんは、優しいから。

分かっていてそれにつけ込むあたしは、ただの卑怯者でしかない。……最低だ。

「楸さん、ごめん……いつも」

「いつもじゃないよ。まだ2回目」

「……言葉の文だし」

何ソレ、と顔を埋める。
寒いこの部屋が暖かく感じるのは、楸さんの熱のせいだろうか。

あたしは、本当に気が狂ってしまったのかもしれない。

楸さんの腕の中が、こんなにも安心するなんて。
あの嫌いな匂いを、こんなにも求めてしまうなんて。

馬鹿げている。

「……もうちょっとだけ、このままで」

「……うん」

髪が吐息に溶けてしまいそう。
胸に預けた額から、微かに鼓動が伝わってくる。楸さんには不似合いの、少しせっかちなリズム。

もう少し、もう少しだけ。

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