スピカ

「大学は、行かなくていいんですか?」

カチンと安っぽいライターの音がする。伸び縮みする火に先を近付け、くわえた煙草に火を着ける。
ふぅ、と一息吐くと、楸さんは手をひらひらさせた。

「いいのいいの。今日はパス」

ふーん、と膝を抱える。
別に、興味があって聞いた訳じゃない。何となく、だ。

「楸さんち、暖房ないから寒い」

「俺は悪くないでしょ。なんなら抱き締めてあげよっか?」

「いらんわ」

相変わらず、洒落にならない事を口走る。現に、さっきまで抱き締めていた相手に言う台詞か。こっちはまだ、目を合わすのにも躊躇うくらいなのに。何だか、疚しい事でもしてしまった気分だ。

「嘘嘘。何か上に着なよ。貸してあげるから」

立ち上がって、箪笥を漁り始めたかと思うと、すぐにポイと上着のような物をあたしに投げ渡した。「ちょっと大きいけど」と付け足し、そのまま箪笥を閉める。
広げてみると黒いパーカーで、やっぱり楸さんの匂いがする。

「うわ、何コレ」

裏地がヒョウ柄になっている。
楸さんに、ヒョウ柄……。

「それ、俺が高校の時に着てたやつだ」

「……こんなの着てたんですか」

「何で? 意外?」

ニヤリと笑う口元には、煙草が添えられている。そんな楸さんが、こんなポップな物を着ていたなんて、想像出来ない。
躊躇いながらも袖に腕を通してみると、案外暖かかった。

「かなり」

楸さんの予想通り、やっぱりあたしには少し大きい。
女の中では背が高い方だとは言っても、楸さんは、見たところ180センチ近くあるのだから、当たり前か。

ははは、と笑い零す煙が、楸さんが座ったと同時に舞い戻ってきた。

すっかり丸め込まれた自分が無性に可笑しくなり、それを隠すようにパーカーに顔を埋める。パーカーからは、煙草が染み付いていない、ほんの少し温かい匂いがした。
< 146 / 232 >

この作品をシェア

pagetop