スピカ
 期待? いや、そんな大それたものじゃない。
ただ、あの瞬間から、楸さんにほんの少しだけ興味が湧いたんだ。こんな馬鹿げた男に、悔しくも心を動かされるあたしは、愚かなのかもしれない。楸さんの考えている事を知りたくなったのは、初めてだった。

「ねぇ、」

ずっと遠くに向いていた視線が移り、何だかぎょっとしてしまった。
さっきまで少しもこっちを向かなかったくせに、黒い瞳が今は突き刺すようにあたしを見ている。何だか脳の奥まで見つめられているような感覚に陥って、慌てて目を逸らした。

「えっと、あのー」

言葉が上手く出てこない。蛇に睨まれ、喉でも詰まったような感じがする。
きつくも優しくもない、感情のない口調で「何?」と先を促された。

「……変わらないものって、あると思う? ずっとずっと、変わらない……」

自分で聞いておきながらも、何だか恥ずかしくなり、再び口を膝に沈める。あたしらしくない、虚しい質問だ。
少しの沈黙が、もどかしさを募らせる。

「ないよ」

胸がきゅっと締め付けられる。刺さった視線が冷たくて、凍り付いてしまいそう。

「そんなの、ない」

「そんなのって……」

そんな言い方ないじゃないか。
どうして、そうも簡単に否定する?
あたしの欲しい答えをくれないの?

「理想でしかないんだよ、永遠とか不滅とか、そういうのって」

「……本当にそう思ってるんですか?」

「思ってるよ」

楸さんの口からそんな言葉が出て来るなんて、正直、思っていなかった。
きゅっと唇を結ぶと、微かに痛んだ気がした。

「変わらないものなんかどこにもない」

「あたしは、」

ずっとずっと、欲しかった。

「変わらないものが欲しいのに」

いつまでも変わらないでいて欲しいのに。

「意外とロマンチストだったんだね」

「楸さんこそ……現実主義なんですね」

悲しいくらいに。
その眼は、現実を見ている。

もう、ずっと前から。


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