スピカ
「雅、それ取って」

「ん」と適当な返事をして、脇に置いてあったポン酢瓶を手渡す。家では、些細なやり取りにお礼なんてものは特になく、お母さんは受け取ったそれを器に注ぎ足した。

暖かい空気と、仄かに届く柑橘系の香りが好き。鍋だったらすき焼きも惜しいけど。


「はい。雅ちゃん、豆腐あげる」

「ありがと」

器を差し出すと、楸さんは掬った豆腐を静かにその中へ落とした。
何だか、お手伝いさんみたい。いや、お手伝いさんなら、わざわざネギを除けたりしないか。

「そういえば、お母様元気だった? 楸君も、お正月は実家に帰ってたわよね」

「ああ、はい。もう、うるさいくらいでしたよ」

はは、と笑って目をお母さんの方へやる。それでも、楸さんの箸はネギを器用に除けながら、鍋を突いていた。

「帰ったのは3日だけだけど」

「あら、そうなの? もっとゆっくりしてこれば良かったのに。お母様も心配するんじゃないの?」

「いやぁ、欝陶しがってたから、大丈夫ですよ。多分」

どこの親もそんなものでしょう。本当は、それが照れ隠しだって、楸さんは分かっていると思う。何となく。
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