スピカ
 もくもくと食べる方に集中していたお父さんが、何を思ったか、ふと首を傾げた。

「楸君の実家は、大工さんだったかな?」

「はい、工務店です」

これは、初耳だ。
耳だけで会話を聞きながらも、もぐもぐと口を動かし、そうなんだ、と胸中で頷いておく。そういえば、楸さんの身の上話は、あまり聞いた事がない。

「それじゃ、やっぱり楸君が家を継ぐのかい?」

お父さんの質問に、楸さんは眉尻を下げて苦々しく笑った。

「まさか。継ぎませんよ」

「あら、何で?」

皆の箸が止まる。唯一動いているのは、ぐつぐつ揺れる鍋の中とあたしの口だけだ。
楸さんは、更に困ったような顔をした。

「だって、建築士の免許取るのとか面倒臭そうだし……俺、職人気質じゃないからそういうのって嫌で」

確かに。楸さんが大工をしている姿なんて想像出来ない。こんな痩身で、如何にも弱そうな男に、力仕事は務まらないと思う。
未来の棟梁だなんて笑わせるわ。

「まぁ、それなら仕方ないわよねぇ。継がなきゃいけない訳でもなさそうだし」

「そりゃそうだろ。戦国大名じゃないんだから、別にいいんじゃないの」

「戦国大名って……」と鼻で笑い、楸さんは止まっていた箸を動かし始めた。入れ違いに、あたしは鍋を突く。

「……楸君は確か、」

「長男です」

「何それ、ダメじゃん」

お父さんの言葉に対して、あまりにも即答だったせいで、思わず笑いが零れてしまった。お陰で、何を探していたかを忘れてしまい、無意味にくるくると鍋の中を掻き回す事になった。

「大丈夫じゃないの? うちの親父、まだピンピンしてるし。あれは多分90歳まで生きるな」

「90まで働かすなよ、父親を」

呆れて溜め息が出る。
当の本人は何も考えていないのか、気楽にヘラヘラ笑っていて、何だかあたしまで心配になってきた。

この人の先の事なんて、あたしには関係のない事だけれど、それでも、やっぱり楸さんはあたしの身近な存在に感じてしまう。


だから、こんなにも心が動くのだろうか。

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