スピカ
 きぃ、とひとりでに揺れるブランコの音が寂しく響いた。さっき吹いた北風が犯人である事は、見なくとも分かる。
こんな時間という事もあって、住宅街の小さな公園には、子供はおろか人っ子1人見当たらない。あたし達以外は。

ほい、と缶コーヒーを投げると、洋君はそのまま隣りに腰掛けた。尻に敷いた落ち葉が、小さく音を立てたのでさえ耳に残ってしまう。

温かい缶を両手で包み込み、意味もなくじっとそれを見つめた。目のやり場も、どんな顔をすればいいのかも分からない。
ただ、言わなくちゃいけない事は決まっていて。躊躇う唇を無感覚のまま動かした。

「……洋君、ごめん」

返事は、まだ、ない。
プルタブを開ける音と、缶に口を付ける仕種が視界の端に映るだけ。飲み口からは白い湯気が出て、たちまち空気へと溶けていった。

「何に対して?」

「連絡、取れなくなった事」

「……」

洋君は、ぼんやりと遠くを見つめている。
唇が微かに揺れては固く閉ざされ、視線を別の方向へ移す。何か言葉を噛み締めているようで、その繰り返しが切なくて仕方がない。

「……、俺の事どう思ってんの?」

散々迷った結果、洋君の口から出て来た言葉は、それだった。少なくとも、良いシチュエーションとは言えない。
低くて小さな声に、泣き出しそうになってしまった。自業自得だって言うのに、人間って、本当に都合良く出来ている。

「普通に好きだよ」

本当の事を言わなくちゃならない。
この人をこれ以上傷付けるなんて、きっと罰が当たるに違いない。傷付けたくない。優しい人だから。

「でも、“友達として”しか好きになれない」

躊躇いながらもごめん、と加える。
洋君は、微動だにしない。何となく分かってしまう。洋君はもう、これであたしを好きじゃなくなる。

悲しくはない。
去る者を追わないのは、いつもの事だったから。


突き放したのは、あたしだ。

募る罪悪感と急に伝わり始めた熱が、じわりと染み込んできた。

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