スピカ
「冷たいよな」

零した言葉があまりに思いがけなくて、瞬時に意味を理解出来なかった。何と言って返せばいいのか、分からない。

「雅ちゃんは冷たい。何に対しても」


そんな事ないって、言い返せなかった。
詰まるばかりで、声にならない。言葉に出来ない。洋君の言っている事が、間違っているとは思えなかったから。

「ずっと感じてた。どっか一線引いてて、いつも他人の事は他人の事だって割り切ってるんだ」

その通り、なのだろうか。
あたしに否定出来る理由があるとは思えない。そんなつもりはなくても、心の奥底で拒絶していたかもしれない。
いつか離れるくらいなら、いっそ深く関わりたくないって。そう、感じていたのかもしれない。

「俺をちゃんと見てくれた事だって、今まで何回あった?」

図星というには明確過ぎるけど、外れてはいない。ずきりと喉の奥が痛む。

「……ごめん、分かんない」

洋君の眼の行方でさえも、今は追うのが怖い。

「やっぱり冷たい女だよ、あんた。今まで本気で好きになった人なんて、いないでしょ」

口調が早口になった。
全く、きつい事を言ってくれる。否定出来ないじゃないか。
缶から離れた掌が、どんどん凍てついていく。

少し荒くなった呼吸を整えるも、洋君の声はまだ震えを帯びていた。

「タツヤって、覚えてる?」

「タツヤ……?」

よくある名前だというのもあるけれど、ピンと当て嵌まる顔が浮かんでこない。記憶を巡らせていると、洋君は震えた声で小さく笑った。

「ほら、覚えてない」

ぐさりと何かが刺さったような、そんな痛みに襲われた。胃の縮まる感じが、あたしに追い撃ちをかけるようで。
洋君の歪んでいく顔を目にした途端、更にきりきりと痛みが走った。

「元彼ですら覚えてない。タツヤ、俺と学校同じだよ? 俺の制服見て、何も思わなかったの?」

返す言葉がない。ここまで言われても、ぼんやりとしか思い出せないのだから。

何も、思わなかったのだから。
< 167 / 232 >

この作品をシェア

pagetop