スピカ
 突き放した洋君の身体は、きっと、拒まれる事を分かっていた。あたしが力一杯抗ったところで、男1人、ぶっ飛ばせる訳がないのだから。
分かって、動きを止めたんだ。

冷たく光る眼には、今にも歪んでしまいそうなあたしの顔が映し出されている。

「……今更純情ぶってんじゃねぇよ」

洋君は吐き捨てるようにそう言った。
他人の怒った表情が、こんなにも背筋を凍らせるなんて、初めてだった。釘付けになった眼も、こだまする言葉も、心臓を弱らせるかのようにじわりとあたしを蝕んでいく。

「別に純情ぶってなんか、ない」

「タツヤから聞いてたよ、軽い女だって」

……何だよ、ソレ。

洋君に、ずっとそんな目で見られていたなんて。他人から見て、そんな風に思われていたなんて。
結構、傷付く。言葉も出ない。

「冷たいし、さっぱりしてるし、簡単な女だって。だから近付いたのに……何だよ、今更純情ごっこ?」

口の速度がどんどん早くなっていく。
震えも今はもう誤魔化せなくて、その声のまま、「ふざけんなよ、」と呟いた。

「ふざけんなよ」は、こっちの台詞だ。
いつものあたしなら、言われっ放しじゃ気が済まない。たとえあたしに非があれど、3倍返しにして文句を言ってやるのに。

それでも、何も言えなかったのは、あたしが前とは違う考え方をするようになったという理由もあるけど、何よりもきっと、相手が洋君だったからだ。
あたしへ傷を刻んでいく洋君の方が、傷付いたような、泣きそうな顔をしていたからだ。

だから、言い返せなかった。

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