スピカ
 最後まで優しい人だった。

洋君は嘘だと言ったけれど、きっと、あの言葉は嘘じゃなかった。

こんなあたしをちゃんと見てくれていた。軽いと言いながらも、ちゃんと愛そうとしてくれていた。優しい人だったのに。


ごめんなさい。
好きになれなくて、ごめんなさい。

それから、ありがとう。


いつの間にか、地面に落ちてしまっていた缶コーヒーの砂を払い、プルタブを開けると、まだ熱が残っていたのか、僅かに湯気が漏れ、乾燥した空気の中へ溶けていってしまった。
生温かいコーヒーが口の中に広がっては、喉を通っていく。一口飲んだだけで少しの苦味が走る。


ほら、やっぱりあたしは冷たい人間だ。

涙1つ、流れない。


残されたこの場所に、ただ呆然と座っているだけ。
冷たい空気でさえも、今は冷たいと感じない。それはコーヒーのせいだと思いたいのだけれど、正直なところ、分からない。

生温いそれを、ただひたすら口に含むだけで、あたしは精一杯だった。

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