スピカ
 最後の一口を飲み終えると、急に寒気立った気がした。外がこんなにも寒かったなんて。
たった今まで、この寒空の下に1人呆然と座っていたなんて、信じられない所業だ。ただの馬鹿にしか出来ない。

洋君の言葉は、もう、霞み始めている。

もちろん、肝に受けた衝撃は決して小さくはないのだけれど、もうぼんやりとしか覚えていない。

どうして、洋君を本気で好きになれなかったのだろう。
純粋だから、という理由を当て嵌めてみるも、それだけでは埋まらない。どれだけ探してみても、しっくりくる理由は見つからない。


ふうと一息吐き、席を立つと、緩やかな風が首筋を撫でた。
マフラーを整えて、ふらふらした足取りで歩き出す。何だか、地面の上を歩いている気がしない。

公園の出口に差し掛かった時、ふと、すぐ傍で、紫の濁った空気が浮かんでいる事に気がついた。
元を辿ると、それは公園の表札からで。石に隠れるかのように座っていたのは、楸さんだった。馬鹿は、どうやらあたしだけじゃなかったらしい。
ぷかぷかと気楽に煙草をくわえている。

「何してるんですか。座敷童ごっこ?」

肩をびくっとさせ、楸さんは見開いた黒い眼を向けた。
黒目がちな分、周りの白が一際映えて見える。言葉で表すならば、純白。全くもってこの人には似合わない色だ。
咳込むように煙を吐き出すと、楸さんは厭味っぽく笑った。

「ここは座敷じゃないでしょう」

ああそうか、と頭の中で納得しながら、特に意味はないのだけれど、灰を落とす仕種をじっと見つめた。最後に行き着く先は口元で、慌てて目を逸らす。

「じゃあ、何。ストーカーごっこ?」

「うん、そう」

あまりにも軽く答えたものだから、返事の仕方に戸惑ってしまう。
よいしょ、と親父臭い声を出して立ち上がると、さっきまであたしが見下ろしていたはずなのに、今度は見下ろされる側になってしまった。

黒い、その眼が嫌いだ。


顔を背けて、唇から1本の煙を紡ぎ出す。無数に拡がったそれは、汚すように白空に混ざっていった。
< 173 / 232 >

この作品をシェア

pagetop