スピカ
 煙草を持っていない方の手で髪に触れると、楸さんは、小さい子をあやすように、引き寄せた頭をポンポンと2回叩いた。

こうやっていとも簡単に、腕に捕まってしまう。

「よしよし。結構酷い事、言われてたもんね。お兄さんが後で呪っといてやるから、泣くな泣くな」

「泣いてないってば」

ぶっきらぼうにそう言い捨てたけれども、身体は楸さんを拒もうとしない。こうしていると、安心出来る気がしたから。
涙はもう、治まってしまったと言うのに。矛盾だらけだ。あたしは。

「雅ちゃんは、一途な子だよ」

「一途? あたしが?」

どこが?と聞く前に、楸さんはこくりと頷いた。そんな根拠もない自信、どこからやって来るのだろう。

「一途だし、口下手で素直じゃない事も知ってる」

そんな事ない、と思ったけれども、すぐさま、はっとして唇を噛み締めた。荒れた唇がひりひりと痛い。

「あと、寂しがり屋だしね」

そう加えて笑うと、楸さんは煙草で口を塞いだ。けばけばしさと苦味の混ざり合った匂いが立ち込める。
ふう、と煙を吐き出すと、もう2度ほど頭を叩いた。


そうか。楸さんの腕の中は、安心出来るんだ。
会った途端、自然と涙が流れた。いや、流せた。楸さんだからこそ、泣けたのだと思う。

いつの間にか、頼り処にしていたんだ。

こうやって、いつも傍にいてくれる。拒んでいたはずなのに、なぜか頼ってしまう。
軟弱で狡猾な、いつ逃げてしまうかも分からないような人なのに。


それが、不安で堪らない。

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