スピカ
 寒い、ともう1度繰り返すと、唇が小刻みに震え、小さな歯笛が鳴った。
お母さんは「はいはい」と言いながら、全開だった窓を即座に閉める。故意にそう呟いたつもりはないのだけれど、何だかお母さんに対する厭味を言ったかのようだ。これじゃあ、あたしが我が儘なお姫様みたいじゃないか。


「そりゃあ、この寒空の下で寝てたら風邪も引くわ」

お母さんの愚痴を聞き流しながらも、冷えた指先で箸を持ち、先端がゆらゆらと安定しないまま皿の中身を突く。

「あんたねぇ、友達の家に行くならまだしも、外で寝るのだけは止めてくれない?
 風邪引くし、何より、最近物騒なんだからね」

そんな事、わざわざ言われなくたって、分かっている。それくらいの分別くらい、自分で付けられる。
気づかないうちに寝てたんだからしょうがないでしょ、と頭の中で屁理屈を考えながらも、うん、と気怠い返事をしておいた。

「人に迷惑掛けるのだけは、止めてちょうだい。昨日はたまたま楸君だったから良かったものの、」

「昨日は、って、どういう事?」

「他の人だったら」と続けたお母さんの声を遮り、気がつけばそう聞き返していた。聞き流していたはずなのに、どうやら律儀にも1字1句聞き漏らしていなかったらしい。

「あんた、覚えてないの? 雅が外で寝てたからって言って、夜中に楸君が家まで抱き抱えて運んで来てくれたのよ」


嘘―……


無意識のうちに、箸をテーブルの上に置いていた。

朝御飯どころじゃなかった。何だか、急いで楸さんに会わなきゃいけないような気がして、居ても立ってもいられなくなったのだ。

どうして起こしてくれなかったのだろう。言わなきゃいけない事があったのに。


「もう、お母さんびっくりしちゃった。
 ……って、どこ行くの?」

「ちょっと」

近くに掛けてあったジャンパーを手荒く掴み取り、急いでキッチンを出る。意識なんてはっきりしたものはなくて。本能がそうさせているに近かった。

「ちょっと、って……まだ朝御飯の途中じゃないの。コレ、どうするの?」

「すぐ帰る!」

片方の腕しか通せていないジャンパーに苛立ちながらも、玄関の戸を閉めると、バタンと荒々しい音が辺りに響いた。
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