スピカ
 突然、ガチャリと扉が開いた。
小さなその音がやけに響いて心臓を跳ね上がらせる。無意識のうちに、足が1歩だけ後退りしてしまっていた。

だけど、開いたのは目の前の扉ではなく、その隣りのものだった。ドアの隙間から顔を覗かせた森崎さんは、少し驚いたような表情を浮かべ、とりあえず、曖昧に会釈した。

「おはよう」

無愛想なあたしには、いきなり笑顔なんて作れなくて、とにかく「どうも」と挨拶を返す。
起こしてしまったのかもしれないと、髪についた寝癖を見て、何だか申し訳ない気持ちになった。

「楸君なら、いないと思うよ」

「あ……そう、ですか」

「昨日の夜、俺がバイトから帰って来た時に入れ違いになったから」

なんだ、いないのか。
……居留守じゃなかったんだ。

「1日中、本当元気だよね。凄い人だよ、楸君は」

本当に、その通りだ。昼も夜もいないなんて、どういうつもりなんだよ。
もしかしてあたしを避けてるのか、なんて事が頭に過ぎり、胸が千切れそうになる。

「……どうせ、どっかの女の所にでも転がり込んでるんでしょ。楸さんの事だから」

吐き捨てるようにそう言うと、何だか自分自身が無性に虚しくなって、口先だけの笑いが零れた。

そうだ。楸さんにとって、あたしなんて、ただの大家の娘でしかないのだ。
メスに属するから執拗に気を配ってくれていたに過ぎなくて、別に特別な感情なんて抱いていなかったのじゃないだろうか。

あたしには、楸さんの本心なんて分からない。どういうつもりで、好きだと言ったのかも分からないし、本当に好きかどうかなんて、楸さん以外には分からないのだ。

だけど。

あたしが今、こんなにも苦しいのはどうしてだろう。

悲しいとか悔しいとか、辛いとか。そんな重いものじゃない。


ただ、会いたい。


この苦しみを和らげる事が出来るのは、きっと、君だけなんでしょう?

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