スピカ
「ははは、そんな。雅ちゃん、いつの話してるの?」

「え?」

不意に現実へ戻され、頭が慌てて機能し始める。森崎さんは呆れ笑いを零すと、今度は不思議そうに首を捻った。

「楸君が女遊びしてたのって、結構前の話じゃない?」

「何言ってるんですか。楸さんついこの前だって、女連れ込んでたじゃないですか」

そう、この目で見たのだから。しかも、部屋にズカズカ入り、邪魔してしまったというオマケ付きである。
だけど、森崎さんは納得する訳でもなく、不納得だという表情も見せず、ただ、何の疑いもない様子で首を傾げた。

「それ、いつくらいの話?」



あれ……、いつだっけ。


記憶がはっきりしない。楸さんのぎょっとしたような顔しか、思い浮かばない。そういえば上半身が裸で、見るだけで寒気がしたような覚えがある。ぼんやりだけど。
という事は、

「……秋か冬……かな」

曖昧な記憶に、苦笑いを浮かべる。
あたし、こんなにも楸さんの事を見てなかったんだ。
次第に楸さんが眼に映り始めるようになって、ようやくそんな事に気づく。
あの日からどんどん浸食していって、頭の中が埋め尽くされていく。楸さんでいっぱいになっていく。
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