スピカ
「気の毒だけど、楸君、当分こっちに戻れなくなりそうだね。まぁ、一命を取り留めて何よりだけど。……って、雅ちゃん、聞いてる?」

「え?」

心配そうな顔が目に映り、「あ、ああ」と作り笑いを無理矢理作った。

「……そうだね」

そう呟いたあたしは、まだ不思議がっている森崎さんにも気づかなかった。
頭の中の整理が上手くいかない。働いてはいるのだけど、あれやこれやといろんな事が脳を飛び交っている。

楸さんのお父さんの意識が戻って、本当に良かった。

「……大丈夫? 顔色悪いけど」

だけど、何よりも楸さんが心配なんだ。あたしには。
今まで辛い顔なんて1度も見せなかった。だからこそ、心配で堪らない。

「もう意識戻ったって言ってたから、心配しなくても良いだろうよ」

ね、と森崎さんが返事を促した時、遠くで携帯電話の音が流れ始めた。
ふと現に戻り、そこでようやく頷く事が出来たけれど、森崎さんは注意があたしから逸れていて、「あ、電話かな」と小さく呟いた。

「じゃあ、またね。ちゃんと寝ないとダメだよ」

優しい笑顔を作ると、森崎さんは扉の中へ消えていってしまった。
森崎さんの言葉に、ほとんど何も返事出来ていない。

ただ呆然と突っ立っているのも寒くて、凍った足をその場から動かそうとすると、膝がぎしりと痛んだ。

冷たい足音が1つ1つ、白い空に溶けていく。寂しくなってしまったこの景色が、やけに虚しくて、じわりと怖さが染み込んでくる。駆け込むように、あたしは玄関へと急いだ。
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