スピカ
「ねえ。楸さんのおじさんが怪我したって本当?」

突然の質問にお母さんは一時停止し、それから「ああ、」と返事をした。

「そうそう、昨日楸君が言ってたわね。仕事中に現場で足を滑らせて、って聞いたけど、大丈夫なのかしら……」

やっぱり、本当なんだ。
崩れた淡い期待に落胆しながらも、耳は、お母さんの方へ向けたまま。視線が空を漂う。

「意識は戻ったそうだけど、やっぱり……ねぇ?」

具合が悪いわよね、と付け足すと、掃除機に向かっていたはずが、お父さんの向かい側の椅子に腰掛けてしまった。2人に塞がれ、どうやらあたしの席はないらしい。

「多分頭とか足とか、他の所も怪我してるだろうし、当分入院する事になるでしょうね。お見舞いに行った方が良いかしら」

「そんなに深刻だったの?」

「うーん、楸君はいつも通りニコニコしてたけど……ほら、ああいう子でしょ? きっと、心配かけまいと明るくしてたんだと思うのよね」

そういえばそうだっけ。楸さんはいつだってへらへら笑っていた。ただ軽いだけと思っていたのに。
あたしは、どれほど楸さんの事を見ていなかったのだろう。


「楸君は、優しい子だからなぁ」

さっきまで話を聞いていただけのお父さんは、そう言って少し切なく笑った。
お父さんにとってみれば、楸さんは息子みたいなものなのだろうか。うちには娘しかいないから、人懐っこい楸さんは、特に可愛く感じてしまうのかもしれない。

「もしかすると、」

それに続くだろう言葉が、怖い。
未知が不安を募らせて止まない。
声のトーンを落とし、お母さんは寂し気な眼をした。

「楸君、もう帰って来ないかもしれないわね」

「え……?」


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