スピカ
「卒業式は、いつだ?」

テレビに向けていた視線を、「え?」と正面へ戻す。今まで世間話にも満たないほどの、些細な会話しかしていなかったのに、急に話題を振られるとは、思っていなかった。
細まったままの赤い目は、焦点が合っているのかどうかも疑わしいけれど、何となく皿の中を覗き込んでいるのが分かる。

「3月9日だよ」

ぽつりとそう答えると、お父さんは低い声で「そうか」と寂しげに呟いた。目元に寄っていた皺が、ほんの少し緩む。それを見て、梢姉の柔らかい笑い方はお父さんに似たのか、とぼんやり思った。

「行けそうもないなぁ。卒業式くらい行ってやりたかったけど」

「え、来なくていいよ。別に。親が来る家なんて、少ないんだし」

「だから行きたかったんだよ」

何か言おうとした口がぴたりと動かなくなり、咄嗟に言葉を飲み込んでしまった。

「雅は末っ子だからって、いつも行ってやれなかっただろう。だから最後くらい、と思ってね」

そんな事、あたしは気にしていなかったのに。お父さんが平日はいつも働いている事くらい知っているし、風邪を引きやすい体質だって事も、分かっている。無い物ねだりなんて、しないのに。

「そんなの、いいよ。来るなんて思ってなかったし、仕方ない事をどうこう言っても意味ないから」

出来る限り明るく聞こえるように、そう笑って、焼鳥に噛りつく。
お父さんがそんな風に思っていたなんて、正直驚いた。気に病む事なんてないのに。

火照った目を、本日何本目かのビールの缶へ移すと、お父さんは「そうか」と小さく呟いた。
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