スピカ
「でも、」

緩んだ口が再び開く。18年もの間、今まで聞いた事がないくらい声色が優しくて、咄嗟に目が合うのを避けてしまった。

「弱くない人なんかいない」

言葉が、何も浮かんで来ない。何て言えば良いのかも、分からない。ただ、お父さんの言葉を黙って聞くのが、あたしに出来る精一杯で。

「それがお父さんや家族じゃなくても、弱さを見せられる人っていうのが誰にでもいるから。これから出会うかもしれないし、もう、すぐ傍にいるかもしれない」

それが、痛いほどに滲みてくる。

「弱みを握られたって、いい。弱さを見せられる人を、頼り処を作っていいんだよ」

あたしの、頼り処は――…

「辛い時傍にいてくれる人を、見落としてはいけない。俺と母さんの子には、傍にいる人を大切に出来る子になってほしい」

手の中にあったビールに口をつけると、お父さんは「それで十分だ」と付け加えた。

何品かあった皿の中身はもうほとんどなくて、酔いも結構回ってきている。緩んだ眼が少し潤んで見え、あたしは慌てて見ていないフリをした。

「うちは娘が3人だから、皆、いつかはお嫁に行ってしまう。そりゃあ、寂しいよ。寂しいけど……雅だって、大切に思う人が出来て、傍にいたいのなら、遠慮しなくていいんだよ」


あたしは、ここにいたい。お父さんやお母さんのいるこの家で、楸さんやアパートの人と一緒に御飯を食べたり、お盆に梢姉や蛍姉と扇風機の取り合いをしたり、そうやって、ずっとここで暮らしていたいんだ。


それなのに、あたしは楸さんの傍にいたいなんて。

こんなにも人を必要に、大切に思える日が来るなんて思わなかった。


きっと、梢姉も蛍姉も、こんな気持ちだったんだって、こんな気持ちでこの家を出て行ったんだって、やっと今、分かった。

< 205 / 232 >

この作品をシェア

pagetop