スピカ
 さっきまで何の躊躇いも見せなかった足が、釘でも刺されたかのように動かなかった。

お母さんに書いてもらった地図をもう1度ポケットから取り出す。すると、間違いなくそこが楸さんの実家だという事が分かった。

“家”と言うよりも、どちらかと言うと、“事務所”だ。おそらく、事務所の奥か、2階が家になっているのだろう。大きな倉庫が横に建っていて、どうして、あたしが今までこれに気づかなかったのかと不思議に思った。

どうやら、事務所を通らないと家の方には行けないと見える。思っていた以上の緊張が走った。こんなの、予想外もいいところだ。

機械のような足を進め、1歩1歩近づいていく。体全身が凍り付いたようで、かなりぎこちない。こんな自分に苛立ちが募っていく。

でも、苛立ち以上に増えていくのは不安感ばかりで。あたしは、とんだヘタレ女だったみたいだ。

きゅっと唇を噛み締め、逃げたい衝動に駆られそうになった頃には、もう、カタカタと硝子戸を開けてしまっていた。
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