スピカ
 身体中が、熱い。いや、表面は冷たくとも、身体の内側は温度がぐんぐん上がっていく。全身の血が煮えたぎって、蒸発してしまいそう。いくら疾走しても、身体の中だけは冷めなかった。

凍てついた空気の中、息が詰まる。凄く苦しい。喉が張り裂けそうになり、あたしは走るのを止めた。

急に空気を吸い込むと、渇いた喉が苦しくて、思わず噎せ込んでしまった。今まで、呼吸する事を忘れていたかのよう。


――本当、不様。


こんな寒々しい景色の中、あたしだけが、馬鹿みたいに額に汗を掻いている。おまけに、逃げたい一心だったせいで、ここがどこなのかも分からない。見覚えのない場所だ。

不様過ぎて、何だか、泣きたくなった。

だけど、胸を貸してくれる人がいなくて。楸さんが、ここにはいなくて。

泣けなかった。

泣いている場合じゃなかった。


熱くなった体温が、より一層白い吐息を見せ付ける。


何やってるんだ、あたしは。

あんなの、ただの挙動不審者じゃないか。きっと怪しい人だと思われたに違いない。

楸さんまで伝わったら、嫌だな。

こんな思いをするくらいだったら、やっぱり、中で待たせてもらえば良かった。もう1度行くにも、合わせる顔がない。このままだと、楸さんに会えないじゃないか。わざわざこんな所まで来た意味がなくなってしまう。

それでも、もう、全身が慣れない緊張に疲れきってしまっていて、自分を嘲笑うしかない。寒さのせいか、大して走っていないのに、足もガクガクだ。

すぐ近くに自販機を見つけ、とにかく渇いた喉を癒そうと、ふらふらした足取りでそこへ向かった。
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