スピカ
自販機の上には、雪が10センチ以上も積もっていて、何だか、可哀相だった。もしかしたら自販機だって、あたしを見て同じように思っているのかもしれないけど。
暗い雪空の中、青白い蛍光灯だけがやけに輝いて見えた。雪の中にあっても、それはあまりに白過ぎた。眩しいほどに。覗き込むと、睫毛が自然と狭まる。
だけど、並んでいたのは缶ジュースではなく、煙草の箱だった。
なんだ、紛らわしい。
自然と肩が竦まる。いとも簡単に裏切られてしまい、行き場をなくした小さな期待が白い溜め息へと変わった。
吸い込む空気が、身の毛も寄立つほど冷たい。さっきまで身体が熱くて、湯気が立ちそうなほどだったのに、もう、過敏反応を起こしている。汗を掻いたせいで、余計に寒くなってしまった。動いていないと、どうにかなってしまいそうで。
そこから立ち去ろうとした時、ふと、思いがけないものが目に留まり、あたしの体は微かに動いて、すぐに停止してしまった。
濃藍の、四角い箱。
こんな趣味の悪い、如何にも有害そうなパッケージ、絶対に見間違えない。“Spica”は、楸さんの吸っていた煙草だ。
あたしの苦手な香りが、雪の匂いに混ざり合って、嗅覚に甦る。
匂いも、顔も、声も、全部全部
あたしには必要なの。
瞼の裏ではこんなにも鮮明に浮かび上がるのに、
記憶だけじゃ、足りないんだ。
今この瞬間を、これからの時間を、
すぐ傍にいてほしい。
“変わらないで”なんて、言わないから。
楸さんに、逢いたい。
暗い雪空の中、青白い蛍光灯だけがやけに輝いて見えた。雪の中にあっても、それはあまりに白過ぎた。眩しいほどに。覗き込むと、睫毛が自然と狭まる。
だけど、並んでいたのは缶ジュースではなく、煙草の箱だった。
なんだ、紛らわしい。
自然と肩が竦まる。いとも簡単に裏切られてしまい、行き場をなくした小さな期待が白い溜め息へと変わった。
吸い込む空気が、身の毛も寄立つほど冷たい。さっきまで身体が熱くて、湯気が立ちそうなほどだったのに、もう、過敏反応を起こしている。汗を掻いたせいで、余計に寒くなってしまった。動いていないと、どうにかなってしまいそうで。
そこから立ち去ろうとした時、ふと、思いがけないものが目に留まり、あたしの体は微かに動いて、すぐに停止してしまった。
濃藍の、四角い箱。
こんな趣味の悪い、如何にも有害そうなパッケージ、絶対に見間違えない。“Spica”は、楸さんの吸っていた煙草だ。
あたしの苦手な香りが、雪の匂いに混ざり合って、嗅覚に甦る。
匂いも、顔も、声も、全部全部
あたしには必要なの。
瞼の裏ではこんなにも鮮明に浮かび上がるのに、
記憶だけじゃ、足りないんだ。
今この瞬間を、これからの時間を、
すぐ傍にいてほしい。
“変わらないで”なんて、言わないから。
楸さんに、逢いたい。