スピカ
 硝子の上からそっと煙草をなぞる。ひんやりと感じたりしなかった。硝子と同じくらい手が冷たくなっていたから。

灰色の雲から雪がはらはら落ちてくる。とめどなく、とめどなく。

今が何時だなんて分からないし、ここがどこかも知らない。足跡も、もう、点々としていて、はっきり見えない。


白い粒がぽたりと顔に落ち、思わず目を瞑ると、涙のように頬を流れていった。


泣けないよ。楸さんがいないもの。


情けなくて、途端に笑いが零れた。自分に呆れる。唇の隙間から漏れた息が、視界をほんの少し曇らせた。

もう、髪から、ジャンパーや靴下までびしょびしょだ。やっぱり、駅前で傘を買っておくべきだった。雪なんて、ロマンチックでも何でもないじゃないか。積もっても、水になって溶けていく。当たり前の事だけど。

凍てついた唇は、言葉を吐くためにあるんじゃなくて、ただ、息をするためだけにあるようなものだった。


その時、人通りの少ないこの辺り、しかもすぐそこに誰かが立っていた事に気がついた。

「雅ちゃん……?」

幻聴のようなその声を、あたしは聞き逃さなかった。

吐息混じりの、間抜けな声。


目であたしを捉えると、煙草がはらりと指から零れてしまった。雪の上に転がると、音も立てずに、煙が弱まっていった。
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