スピカ
 灰色のマフラーが、今にも景色に溶けてしまいそう。そのまま、楸さんまで連れていってしまうんじゃないか、と不安が過ぎる。

恐々と、瞬きをしてみた。それでも、似合わないマフラーの上から、黒い眼がしかとこちらを見つめている。あたしを捉えて放さない。

幻なんかじゃない。楸さんだ。

楸さんは言葉を発する訳でなく、口を開いたままで動かない。「なんで、ここに」とでも言いたげな表情。何だか間抜けで、懐かしくて、笑ってしまった。

「……変なマフラー」

あたしがそう言うと、慌ててマフラーを確認して、更に呆気に取られた顔をした。

「なに、……」

楸さんから漏れた声は掠れていて、どこか泣きそうだった。目がゆらゆらと揺れている。

「何してんの?」

何もしていない。ただ、突っ立っていただけだ。

少しの沈黙も許さず、楸さんは歩み寄ってくる。雪が、砂を噛んだような足音を鳴らした。


「何してるんだよ……こんな、びしょ濡れで」

傘から透ける雪の影が、楸さんからあたしへ移る。強引に傘をあたしに持たせると、楸さんは、今にも泣きそうな眼をした。

「風邪引くでしょうが」

いつもなら、「引かない」なんて強がりを言っていたかもしれない。でも、今はそんな事言えなかった。
ただ、素直になりたくて、抗うなんて出来なくて。消えそうな声で「ごめんなさい」と呟く。
楸さんは、そっとあたしの肩を傘ごと引き寄せた。壊れ物にでも触れるくらい、優しく。宝物を守るかのように、強く。

間にある傘の柄が邪魔で、手を放すと、降り積もっていた雪ごと、ふわりと地面に堕ちていった。
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