スピカ
「いなくならないでよ」

言葉を続ける。先の尖った、馬鹿みたいな言葉。あたしだって、他人の事を言えないほど、馬鹿だ。

「ずっといてよ」

だけど、前よりもずっと、素直な言葉が出て来る。

「あたしには楸さんが必要なの」

なんて無茶な事を言っているんだろうと、自分でも思う。こんな事を言ったって、ただの我が儘でしかない。迷惑にしかならない。楸さんにはやるべき事があるのに。

「……帰って来てよ」

子供だと笑われるかもしれない。薄情だと軽蔑されるかもしれない。馬鹿だと呆れられるかもしれない。

それでも、あたしが伝えたかった言葉そのものだった。その我が儘を、聞いてほしかった。

怖くなって、目を伏せる。顔を見るのが怖い。楸さんの、あの鋭い眼光があたしを捉えていたら、嫌だ。逃げ出したくなるほど怖くなる。


「……え?」

けれど、返って来たのは、あまりに気の抜けた声だった。ふいに浮いた視線ががっちりと合い、そこで、楸さんの顔がしっかりと目に映る。

「うん。いや、え? ……は?」

「“は?”じゃねぇよ」

せっかく人が大真面目で素直な気持ちを言ったっていうのに。まだキョトンとしている楸さんに、「2回も言わせんな」と加えてやった。
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