スピカ
「そんなに、寂しかったの?」

なんて不埒な台詞。だけど、今日は笑っていないし、真剣な眼を向ける様子もない。
楸さんは呆気に取られたまま、心配そうな顔をしていた。

「“寂しかったの?”じゃないよ。楸さんがいなくなって、寂しくない訳ないでしょう」

“寂しい、に決まってるでしょ”そう言えないあたしは、まだ子供だ。

現実なんて、ちゃんと見えていない。はっきり言われないと、分からないんだ。大人じゃない、あたしには。未来の事だって、見ようとしても見えないし、あたしには分からない。

でも、見たい未来はある。

そこには、楸さんがいてほしい。



「……ん? いなくなる? 俺、来週には帰るよ?」

そう首を傾げる楸さんは、不思議そうに笑った。黒い眼に映ったあたしの時間が、ぴたりと止まっている。ここ数日で、大分頭の冴えが悪くなってしまったらしい。楸さんの言葉を理解するのでさえ、疑問符が飛ぶ。

「いや、だから、大学もあるし、来週そっちに帰るんだけど」

いや、違う。理解は出来る。その真意が分からないのだ。

「でも、おじさんが倒れたのに」

「親父なら、もうピンピンしてるよ」

「はっ、はぁ?」

あたしの心配なんてお構いなしに、楸さんは笑っている。雪解け水で所々湿ったあたしの頭を、優しく撫でた。

「だから、元気だって。ついさっきも、親父が看護婦にセクハラしたとかで、俺がお叱り受けたんだから」

片眉を少し上げると、「あんなの、殺しても死なないよ」と目を緩めた。
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