スピカ
 行き場のなくなった手で、傘の柄を強く握り締めた。それでも凍てつくような寒さは、溶けてはくれなくて、温かさは宿らない。プラスチックの冷たさが肌を通して、神経に伝わってくる。

「それなら、そうと、もっと早く……言ってよ」

だけど、心臓を掻き乱すような寒さはもうどこかへ行ってしまった。
不安は、その言葉、眼、もとい楸さんのせいで、安堵に変わっていて。小さな小さな溜め息が雪に混ざっていった。

「あたしが、どれだけ心配したと思ってるんですか」

「あの、……ごめん」

「勘違いして、こんな所まで来て……あたし、ただの馬鹿みたいじゃん」

鼻も、涙の跡も、こんなにも冷たいのに、頬だけがほんのり熱くなる。
恥ずかしくなった。馬鹿でも良い、と思った自分に。冷めた目で見ているもう1人のあたしが、「必死だね」と嘲笑っている。


「でも、良かった」

こんなむず痒い自分を好きになるのは、やっぱりあたしには無理だ。だけど、今のあたしには、そんな素直さが必要だった。そう思えると、素直に言葉が出て来る。

「会いに来て、良かった」

後になって笑おうが恥じようが、どうだっていい。それがあたしの本心だったから。


それだけで、十分だった。


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