スピカ
「あ、久住さん! お久しぶりです」

久住、という名前にぎょっとした。どうやらもう、身体が「苦手だ」と拒否反応を起こしているらしい。

「お久しぶりです。相変わらず、お綺麗ですね。どこのモデルさんかと思いました」

「やだ、人妻プレイですか? 久住さんも相変わらず、お元気そうですね」

「ははは、たった今元気が戻りましたよ」

阿保か。
梢姉相手に口説こうだなんて、馬鹿にも程がある。……楸さんの場合はアレが挨拶のつもりなのかもしれないけど。

「あ、藤代家勢揃いだ。お邪魔して、何だかすみません」

「いいえー。気にしないでね。楸君もたくさん食べて行ってちょうだい」

お母さんは心なしか嬉しそう。やっぱり、若い男の中でも楸さんが特にお気に入りらしい。

「本当ですか! ありがとうございます」

背後から次第に声が通り過ぎていく。
遠慮なんて言葉は、こいつの辞書にはないらしい。少しでも森崎さんを見習ってほしいくらいだ。

「いやぁ、楸君とたまたま家の前で会ったからさ」

蛍姉はリビングから丸椅子を運んで来て、そこに座った。7人もいると、テーブルが狭く感じる。

「望、素麺入れてくれ」

楸さんはいつものヘラヘラ顔で森崎さんに自分の器を差し出した。
森崎さんは、何か考えている様子はない。ニコニコして、言われるがままに素麺を摘んでは、つゆに沈めていく。

「はい。あ、ネギは入れますか?」

「ううん、ネギ嫌いだから、いいわ」


そういえば、この2人は部屋が隣同士だったっけ。運悪く、楸さんの方が森崎さんより2つも年上だ。こき使われて、本当にお気の毒。

楸さんは入れて貰った素麺を、さも幸せそうに啜った。
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