スピカ
「だからさぁ、雅ちゃん、今日はダメなんだって」

反省の色が全くなしのこの男は、久住 楸。ふざけた20歳。うちのアパートの、112号室の住人。

「何がダメなのか意味が分かりません。先週も同じ事言ってたんですけど」

ドアを開けただけで、独特の香水と煙草の匂いがたちまち広がってくる。臭い訳じゃないけど、あたしはこの匂いが嫌いだ。何か……ケバイ。

「雅ちゃん、お願いだから今日は本当に勘弁して! 夜に、バイトの飲み会があるんだよ」

「は? そんなの知んない。飲む金があるなら家賃払ってよ。あたしが夏休み満喫出来ないじゃん。迷惑です」

そう、この男は家賃滞納の常習犯。もうかれこれ2か月は家賃滞納している。

「お願い〜……」

顔の前で手を合わせて首を傾げながら様子を伺ってくる。
これで大抵の女はオトしてきたんだろう。だけどあたしには通用しないし、興味もない。

「はぁ……いい加減にしてくれません? そろそろドアが壊れますよ」

「“壊れます”じゃなくて“壊します”の間違いじゃないの? 雅ちゃんが高利貸のように取り立てに来るからじゃん!」

「誰が高利貸だ!」

ってか、あたしは悪くないし。

楸さんはきゃー、なんて言って怯えたフリをした。あくまでフリだけど。
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