スピカ
 本当によく食べる。
家族に男がいると、きっとこんな感じなのだろう。食べ盛りの男が2人いるだけで、こんなにも違うとは。

「男の子は本当によく食べるわねぇ。いつもだったら、たくさん残っちゃうのに」

お母さんは嬉しそうに2人の様子を窺っている。何だか、自分の息子でも見ているみたい。
本当ですか、と森崎さんが白い歯を覗かせて笑った。

楸さんはもぐもぐと口を動かしながら、時々お母さんへ目をやっては、愛想たっぷりの笑みを漏らす。
口の隅で少しずつ食べている感じ。貧乏神がこんな上品な食べ方をするなんて、少し意外だ。もっと野犬みたいにガツガツ食べそうなのに。



ああ、そうか。
女と食べに行くのが多いからか。


頭の中で小さな疑問が勝手に解決する。冷めた思考回路は、どうやらご納得したみたいで、あたしは考えるのを止めた。

ふと、目が合った。

「ん? 雅ちゃん、どうしたの?」

どうしたの、って言われても。

「別に、何も言ってないけど」

「いや、見てたでしょ?」

楸さんがふ、と笑う。
何か……むかつくんですけど。

「見てない」

「見てたじゃん」

「だから見てないってば」

「やだなぁ、もう。照れちゃってー」

はぁー?

「見てねぇわ!」

思わず口調がキツくなる。
だけど、楸さんはいつもより5割増しで不埒に笑った。

「またぁ! さっきから熱い視線で見つめてたじゃん」

「はぁ? 自意識過剰なんじゃないの?
 見てないっつってんじゃん!」

「きゃー! 雅ちゃんが怒ったー!」

カッチーン。
かなり腹立たしいんですけど。

殴りたい衝動を抑え、近くにあったふきんを握り締める。
森崎さんがハラハラした表情であたしと奴の顔を交互に見ているけど、そんなの関係ない。気にしていられる訳がない。

あたしは、バチンッと生々しい音が鳴るくらい思いきりそれを投げ付けてやった。

「てめぇ、さっさと帰れぇーっ!」

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