スピカ
 小さな蛾が、外灯の傍をはらはらと舞っている。醜い、なんて言われて、蛾は不憫だ。見た目は蝶と大して変わらないのに。

蝶みたいに華やかじゃないのは、人間だって一緒じゃないか。
人間は、どっちかって言うと、蝶より蛾でしょう。自分より眩しい物を求めて、近づこうといつも必死だ。その姿が醜いだなんて知らずに、足掻いて、藻掻いて。

なんて言っても、あたしは蛾も蝶も好きじゃないのだけれど。

でもあたしだって、梢姉のような、蝶に生まれたかった。蛍姉のような、蛾に生まれたかった。

あたしは、光に近づく事さえ怖い。
羨ましそうにそれを見てる、誰かが助け出してくれるのを待ってる、名前も分からない地中の虫だ。



「お世話になりました」

直人さんが丁寧にペコリと頭を下げる。身長が高い人は、頭を下げてもあたしの目線にも及ばない。

色白の顔が黄色味を帯びて温かく見える。その額には、ほんの少しだけ汗を掻いていて、今日は熱帯夜になるな、とぼんやり思った。

「いいえ、直人さんもまたいつでも来てちょうだいね」

「はい、ありがとうございます」

シャープな口元から白い歯が覗く。口から幸せでも零れてきそうなくらい、優しく笑うな、この人は。
直人さん以外に、梢姉の横にいても絵になる人なんて、きっとそうそういない。

「お義父さんもお義母さんも、またいつでも立ち寄って下さい」

温かい笑顔を返すお母さん。
なのに、どこか寂しそうだった。
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