スピカ
 短くなった煙草を、ぽとりと地面に落とす。無力なそれは、黙って踏みにじられるしかなくて。楸さんに捨てられた女を連想させる。汚いスニーカーを退けると、それは悲しそうに笑った。

「夜遊びだなんて健康的じゃないね」

「人の事言えないでしょ」

冷たくそう言い払うと、楸さんは口元を歪ませて笑った。

「辛口だなぁ」

キツイって言いたいんでしょ。どうせあたしはズバズバした性格ですよ。素直になれって言ったのは誰だよ、全く。

「年頃だからって、こんなに露出しちゃって。そんな格好じゃ、すぐ取って食われちゃうよ?」

「はぁ? あんたはオヤジか?
食われねぇよ、楸さんじゃないんだから」

あはは、と目が細まる。
厭味でさえ全然堪えないのがコイツの性格か。呆れて溜め息しか出ない。

「楸さんこそ、あんまり煙草ばっか吸ってちゃ肺ガンで死にますよ」

「ちょっとぉ! 何で死ぬ設定なの?」

「苦しめ、このやろう」

「おい!」

ふ、と笑いが漏れた。
楸さんはまだ横でグチグチと文句を零している。その姿が、可笑しくて。いつの間にか一緒になっていた歩幅が、可笑しくて。

落としていた視線があたしを捉える。それから、楸さんは自然な笑いを零した。

「あ、雅ちゃんが笑ってる」

どういう意味だ。
腹が立つけど、口元はすぐには結んでくれなくて。仕方なく視線を逸らした。顔を凝視されるなんて、ご勘弁だ。

「当たり前でしょ、人間なんだから」

「いや、珍しいなぁって」

「人を、鉄人みたいに言わないでくれません?」

はいはい、と軽い返事が吐息に絡み合っていく。


今宵は、月が見えないらしい。
雲1つないくせに、夜空はどこまでも広がっている。星1つないくせに、電灯に照らされて温かさが包み込む。

こういう時、宇宙って本当はないんじゃないか、って思ってしまう。黒と紺の大きな画用紙が地球を包んでいて、あたし達を月から遠ざけるの。

それなのに、こんなに明るいのは、きっと夏だからじゃない。


遠くに、白い光が寂しく佇んでいるのが見える。人工的な冷たい色。
四角い自販機を見つけたあたし達は、ただただ、言葉を失くしてしまった。
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