スピカ
「あ、お帰り」

サンダルを無造作に脱いで家に上がると、姉がリビングからひょこっと顔を出した。

「あれ? 蛍姉、てっちゃんの家に泊まったんじゃなかったの?」

「うん、でも朝方帰って来てたんだ」

ふーん、と言ってその横を通り過ぎる。
ついでに固定されていた扇風機を首振りにしてやると、蛍姉はくそぅ、と小さく呟きながら、ごろんと地べたに寝転がった。

姉の蛍は、向かいに住んでいるてっちゃんこと尾崎哲巳と付き合っている。
蛍姉とてっちゃんは幼馴染みで、あたしもよく知っているし、互いの親も承認済み。だからしょっちゅう家を行き来しては、泊まったりしている。
昨夜もてっちゃんの家に泊まっていたらしい。

冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと、ひんやりと冷たい感覚が手の平全体に伝わってきた。
この瞬間が、好き。
まだ弱い、身体全体には行き届かないくらいのぞくりとした感じ。

水を喉に通していると、母親が汗だくになって部屋に入って来た。どうやら洗濯物を干し終えたらしい。

「あら。蛍、帰ってきてたの?」

「うん。って、お母さん、雅と同じ事言ってるし」

あはは、と笑うお母さん。
あたしとは比べものにならないくらい陽気な性格。正直な所、あたしは神経質だし冷めた性格だ。だから、時々お母さんが羨ましくなる。

ペットボトルの蓋を閉め、冷蔵庫にそれを直した。
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