スピカ
 意識がぶっ飛んでいきそう。

朝陽とは思えないくらい強い日差しが、焼き殺さんと瞳の奥を刺激する。目を軽く押さえると、バランス感覚を失った足が縺れてしまった。
電柱にもたれ掛かるリストラ帰りのおじさんの気持ちがよく分かる。脳内に残ったアルコール成分のせいで、頭がきちんと働かないんだ。
あたし、ダメ人間まっしぐらじゃないか。

さっきまで、朝霧が微かに掛かっていたのに。もうこんな様。これじゃ、地球温暖化も馬鹿に出来ない。
夏の朝まで暑くなってしまったら、一体いつ活動しろって言うんだ?

おはよう、と声を掛けられたけれど、それが誰なのか認識出来るほど今のあたしに余裕はない。平行感覚を保つのに必死なのだから。
愛想笑いと会釈を適当に返しておいた。うちのアパートの大学生だろ、どうせ。

目が重くて熱い。おまけに、頭がひどく痛む。2日酔いだなんて、いつ振りだろう。あたしらしくない。

お父さんはもう仕事に行ったらしく、玄関が網戸になっている。涼しそうな家の中がやけに恋しい。チリン、と隣の家から異国の音が耳を通っていった。


「あら、雅。お帰り」

ちょうど、洗濯籠を持ったお母さんが通った。もう洗濯が終わる時間なのか。
ただいま、とぶっきらぼうに靴を脱ぎ捨てる。特に気にした様子もなく、お母さんは廊下を通り過ぎていった。

さっさと薬を飲んで寝よう。寝れば大抵の病気は治る。病は気から、って言うし。

「あ、お帰りー」

「ただい……」

って……
全身の毛が逆立った。
貧乏神が、なぜか、視界に映っている。


「おい! 何勝手に、人の家上がり込んでんだぁっ!」

「朝からテンション高っ! 何って、朝御飯ご馳走になってるの」

「はぁ? 意味分かんねぇ。どうして楸さんがうちで御飯食べてる訳?」

楸さんは怯まずにレタスをシャキシャキ鳴らしている。その音が余計に神経に障る。

「いやぁ、お腹空いたって言ったら満希さんがご馳走してくれるって……」

あ、厚かましい……!
楸さんに常識ってものはないのだろうか。いくら無愛想なあたしでも、対人関係においての常識はちゃんと出来てるっていうのに。

「……もういい。食べたらさっさと帰って下さい、頼むから」

ああ、頭痛が酷くなった気がする。
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