スピカ
「未成年の飲酒は、法律で禁止されてるんだよ」

知ってるよ、そんな事。何の厭味だ。

「へーえ。知らなかった」

横切るついでに、皮肉を込めてそう言ってやった。
楸さんの香水が胸元まで押し寄せる。酒とこの香水は、相性が最悪らしい。こんなんじゃ、あたしはホストクラブなんか一生行けないだろうな、とぼんやり思った。

「法学部をナメちゃいかんよ」

はいはい、と空になったグラスを流し台に置く。朝食の洗い物はもう終わってしまったらしい。楸さんの分以外。
グラスが1人ぼっちで銀色の世界に佇んでいた。


……ん?


「は? 法学部? 楸さんが?」

急に振り向いたせいで、楸さんはびくりと肩を揺らした。切れ長の目が、似合わないくらい大きく開けられていて、結構な阿保面。

「本気で言ってんの?」

「え? あ、ううん。嘘です、経済学部」

嘘かよ!
驚いて損した。騙されたあたしも悪いのだけれど。
軽蔑の眼差しを送ると、楸さんは困ったように笑顔を作った。

「雅ちゃん、ちゃんと俺の話聞いてんのかなぁって思って」

「聞いてますよ。てか、明らかに後付けだろ」

図星なのか、楸さんはニッと笑った。

それから、食器を片付けようとするも、かなりぎこちない。1人暮らしのくせに家事をしないのか、この男は。どこまでもいい加減だ。

「置いといて」

流し台に近づいて来た楸さんと距離を空ける。
手を引くと、楸さんはそのまま両手をパチンと合わせた。

「ご馳走様でした」

少年のように無邪気に笑う、この男。
やっぱり貧乏神は貧乏神。
あたしには関係ないとは言え、行く末が不安だ。呆れて溜め息が出てしまった。
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