スピカ
「雅、もう帰ってきてたの? 早かったわねぇ。すっごい怒鳴り声だったから、もっと長引くかと思ったんだけど」

「あー、うん。逃げられた」

イライラしながら蛍姉の向かいに腰を下ろす。
テレビでは、今人気の芸人がワイドショーの司会をしている。何ていう名前だったか思い出せない。特に興味もないのだけど。

「楸君、また家賃払ってないの?」

蛍姉が目を丸くした。どうやら単純に驚いたらしい。

「お母さん、アイツはもう追い出した方がいいって。家賃払う気なんかサラサラないもん。貧乏神だ、貧乏神」

「そんな事ないわよ。雅がヤクザみたいに取り立てるから、楸君も怖がってるんじゃないの?」

「いや、怖がってたら払うだろ」

全然面白くないネタに、観客が笑い声を漏らす。画面の中と同じように、蛍姉も目を細めて笑った。

汗を拭ったお母さんがニヤニヤしながら近寄ってくる。この先言う事が大体分かってしまうなんて、さすが家族だ、と思った。

「まぁ、いいじゃないの! 楸君ったら、男前だし、お世辞も上手だし。ああ、お母さんがもう少し若かったらなぁ」

おい!
何を言ってるんだ、この母親は!
娘の目の前で不倫発言かよ。
思わず出た溜め息が蛍姉と重なる。

「全く、どこが。あんなの、ただのチャラ男じゃん。しょっちゅう違う女連れ込んでるの、知らないの?」

「分かってないわねぇ。そこがいいのよ。本気にさせたくなるじゃない?男の子は元気な方がいいの」

お母さんは照れたように笑っている。
母親の好きな男のタイプを聞くなんて、まだ10年早い。そんな話、聞きたくないっての。

「分かんない。そんなに言うならお母さんが集金行けばいいじゃん」

お母さんはまたもやニヤリと口の端を上げた。悪戯っぽい顔が、やけに不気味。

「馬鹿! お母さんが行って本気で不倫しちゃったらどうすんのよ。パパが悲しむでしょう?」

………。


「……阿保か」

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