スピカ
「ね、そういえばさ」

目尻に涙が溜まっていて、横に目をやると視界が少し歪む。揺れる水の世界から、亞未がニヤリと口角を上げたのが分かった。

「洋君から連絡来た?」

ああ、絶対聞かれると思った。
予想通り亞未は興味津々で、疚しい事がなくとも答えづらい。亞未の好奇心ビームを浴びるのは御免だ、と思い、わざと前に視線を逃がした。

「あー、うん。来た」

「嘘っ。どんな感じで?
電話? メール?
どっちも教えたんだけど……」

嘘を吐いてどうする。
前にやった視線を揺るがさないよう、しかと校長を睨み付ける。

「電話。別に、普通だよ」

「洋君、何か言ってた?」

何か、って何だよ。
洋君と話した内容なんて、他愛ない話ばかりでいちいち報告するほど濃いものじゃない。曖昧な記憶を探ると、いくつか洋君の声が耳に浮かんだくらいで。

「また遊ぼ、とか……そんな感じ。あんまり覚えてない」

我ながら素っ気ない。
亞未にも、洋君にも。
それくらい、あたしは適当に生きているって事か。

聞き苦しい声が止み、「礼!」と張り切った号令が体育館中に響いた。かと言って、頭の下がっている生徒はごく僅か。
亞未はそれどころじゃないらしく、体ごとあたしの方へ向いている。

「結構頻繁にかかってくんの?」

「そんな事ないよ。たまにね」

とは言っても、知り合ってまだ10日程度しか経っていないのだから、当たり前だ。亞未はそこまで頭が回っていないようだけど。
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