スピカ
「てか、雅ちゃん、髪の色変えたんだ?」

え、と視線が揺らぐ。
頷く仕種がぎこちなくなってしまい、そんな自分がもどかしい。

「前の色も好きだったけど……良いね、茶色も」

にっこりと笑う、そんな仮面なんて要らない。お世辞なんて要らない。
なのに、あたしの身体は案外正直者で。

嬉しい、だなんて。

「……あ、ありがと」

呆気に取られたまま、目が楸さんから離れようとしない。体温は上昇するばかりで、さすがのあたしも動揺してしまう。

だって、楸さんの頭には何人もの女がインプットされているのに。そんな細かい事まで気づくなんて。

ふざけていても、あたしの事は女として見ていないと思っていた。

でも、

「どうした? 俺、何か変な事言った?」

「あ、いや……楸さん、そんな細かい所まで見てたんだ」

「失敬な! 俺はそこまで鈍くねぇわ!」

鈍いから驚いてるんだろ。
口を尖らす仕種がいちいち欝陶しくて、ようやく動くようになった視線を遠くへ向けた。

白に限りなく近い水色の空が、今日はどこか綺麗。遅刻だっていうのに、どうしてこんなにもゆったりした気分なんだろう。

ローファーとスニーカーが、全くと言っていいほど横に並ぶには不似合い。
それなのに、歩幅が気持ち悪いくらいにぴったりで。ううん、そうじゃない。楸さんが、あたしの歩幅に合わせているのか。


「……分かんねぇ」

「は? 何が?」

「あ、いや。独り言」

ふぅん、と不思議そうに黒い瞳をこちらに向ける。

その黒に、あたしはどう映っているのだろう。

女として見て、る……のか?


あたしには、楸さんの考える事なんか分からない。
分かりそうもない、こんな宇宙人みたいなチャラ男の考えている事なんて。

< 65 / 232 >

この作品をシェア

pagetop