スピカ
 時間が経つのって、思っているよりも早い。
栗色に染めた髪も、もう根元から黒い髪が生えてきている。ついこの前、亞未に「プリンみたい」と言ってやったばかりだっていうのに。今度は言われる側だ。

亞未はと言うと、明るい髪の色が烏のように真っ黒になってしまった。
あたしには不自然に思えて仕方がないのだけれど、自分では結構気に入っているらしい。悠成君まで褒めちぎっていて、案外この2人はバカップルだった事を今更になって知った。

「あたし、大学行きたいから」

急過ぎるでしょ。
だって、暦の上では今はもう9月だ。
進学率の低いこの学校でさえ、既に受験を終えた人だっているのに。

「……馬鹿?」

「馬鹿じゃねぇよ。本気本気」

黒い髪がゆらゆらと揺れる。人毛じゃないみたいで、やっぱり不気味。

「将来の事とか考えたら、やっぱり大学行きたいし。今更だけど、勉強しようと思って」

どうやら本気らしい。エイプリルフールの時のふざけた演技とは、眼が違う。
真剣に、未来を見ているんだ。

本当に今更。

だけど、あたしには止める権利も、理由もない。もちろん、そんなつもりもない。

「……勉強、今から頑張るの」

はっきり言って、遅い。
大学に行く気がさらさらないあたしにだって分かるのだから、亞未はそんな事百も承知のはずだ。

だからこそ、見下す事や、謗る事はもちろん、励ますなんて、亞未相手に出来る訳がなくて。言葉が出てこなかった。

「……そっか」としか言えなかった。


そんな時期だった。

あたしにはまだ未来が見えていない。
あたしが馬鹿だからじゃなくて、考えていないから。考えたくないから。


専門学校を出て

良くも悪くもない仕事に就いて

お金を貯めて



……その時、あたしはどこにいる?

毎日仕事をして、たまに亞未や友達と遊んで、買いたい物を買って。

だけど、あたしは誰といる?
笑ってる?




やっぱり、見えない。


……変わりたくない。

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