スピカ
 じゃ、と切り出した声に、視線が戻る。急過ぎる別れだな、なんて頭に過ぎったのも一瞬で。横にいる洋君は、少し焦点を外して微笑んだ。

「バレンタインは期待しちゃおー」

透き通る瞳に光が映る。さっきとは違う、蛍色の光。顔に影を作っては照らし、風を作っていく。

「え、あ、……う」

「何、その反応」

困ったように眉が下がる。
それでも、あたしの口はパクパクと金魚の真似を繰り返す事しか出来なくて。洋君の頬が、少し赤みを帯びたのが分かってしまった。

「……黙られたら、恥ずかしいじゃん」

「いや! そうじゃなくて、うん」

ああ、良い人過ぎる。
中学生みたいな反応しか、出来なくなるじゃないか。

「その代わり、まずいって言ったら怒るから」

……馬鹿か。
我ながら自信過剰な発言。
だけど、笑ってくれる洋君。

「怒るって! あはは……」


あ、そうか。
梢姉に、似ているのかも。
瞳の色も、柔らかい笑い方も、優しさも。


ずっと、変わらずにいてくれますか?


……なんて、聞けるはずもない。


「言わないよ、そんな事。楽しみにしてるから」

揺れた髪が光を反射する。
固そうな毛質のせいで、黒い髪が更に濃く見える。それが地毛じゃないって事は、初めて会った時に分かった。亞未と同じ、不自然な色。

洋君に倣って腰を上げると、痺れたお尻が感覚を失っていた。

「帰ろっか。家まで送る」

高さの同じ目線が、気まずい。だって、下に逃げられないでしょ。
目のやり場に困ったまま、「ありがと」と呟くと、止まっていた足が動き始めた。

スカートの隙間から入って来る風が、少し冷たい。こんなにも湿気を含んだ天気なのに。
季節は止まる事を知らなくて、やっぱり今は秋になりつつあるらしい。肌寒い夜の空気が、薄着の背筋を微かになぞった。
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