スピカ
 夜空に穴を空けた月が雲を引き寄せ、姿を隠す。
お陰で、今夜は星影が明るい。まるで電柱の切れた灯りを知っていたかのよう。
小さな歯笛が沈黙を破った。

「やっぱり、夜になるとちょっとだけ寒いな。もう10月だし」

横にいる洋君は小さく身震いをした。
カッターシャツの下は、何も着ていないのだろうか。それはあたしも同じなのだけれど、洋君のシャツはあたしのよりも生地が薄くて確かに寒そう。
昼間はあんなに暑かったのに。

「……走る?」

「は?」

自然と眉が顰まる。それにも関わらず、洋君はニヤリと笑った。端に覗く八重歯が悪戯っぽい。

「なんちゃって。雅ちゃんが走るとか、想像出来ねぇわ」

「何ソレ」

どういう意味だよ。
全く、相変わらず厭味がないな、洋君は。笑いが零れてしまう。

「体育祭とかどうしたの? サボリ?」

「サボってないわ! ちゃんと出たし、ちゃんと走ったって」

「走ったの? わ、意外……。やべ、やっぱり想像つかねぇ」

なんて、洋君は在り来りに口元を押さえている。わざとらしい仕種なのに、その手がどこか自然で。やっぱり不思議な人。

「そういえば、雅ちゃんの所は文化祭ってまだだっけ?」

「うん、来月。洋君の高校は?」

「もう終わったよ」

そっか、と呟く。大して意味はないのだけれど、心の奥底に無力感が漂う。
そんな事、初耳だっつーの。
連絡は取ってくるくせに、あたしに何でも言ってくれている、という訳じゃないらしい。僅かでも期待した自分が、何だか虚しくなった。
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