スピカ
 あたしの考えは、甘かった。

戦意喪失どころじゃない。
そんな気楽な事、言っていられなかったんだ。

立ち込める熱気、音楽をも掻き消す喧騒、噴き出る汗。

何ですか、これは。

「雅、違う! ソレじゃなくて、あっちのアレ持って行って!」

「は? どれ?」

「アレ!」

アレって何だよ……
言うだけ言って、去っていくちーちゃん。結局、どれなのか分からなくて、少し離れた所にある紙皿を適当にカウンターまで運んでやった。

美味しそう、と幸せそうな笑みを浮かべる彼女。それを見て、くれ、と口を開ける彼氏。

こんなガヤガヤとうるさい喧騒の中、何とも幸せそうで羨ましい限りだ。ここだけ、ピンクの世界が広がっている。

でも、よく考えろ。
カレーなんて、あんなラブラブなカップルが選ぶべき選択肢じゃないでしょう。
口臭が気になって、キス出来ないじゃないの。いや、別にキスする事を前提に食べている訳じゃないと思うけど。

「雅ー!」と奥からの叫び声で、ようやく我に返った。危うく、あたしまでピンク世界に引き込まれるところだった。カップルの力って凄い。
促すかのようにもう1度名前を呼ばれ、あたしは停止していた踵を返した。
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